想い Thought

こちらのページでは、私が半世紀以上かけて人としてどのように成長出来たのかを思い出しながら、色んな企画を実行していきたいと思います。

若い頃の自分は今思い起こせば本当に恥ずかしいぐらい無知で喜怒哀楽が激しく、廻りの人にも大変迷惑をかけたと思います。

今の仕事に付き沢山の人とふれあい、本当に人生の勉強になりました。

出来る事なら、今まで私が人様に頂いた恩義をどなたかに返したいと考えています。

大した力は有りませんが、ピアノの事や音楽の事、(例えば調律師になりたいけど)など、どんな事でも出来る事なら、力一杯させて頂きます。

 

発表会での思い出 (勉強させて頂きました)

発表会などの仕事に行くと、ピアノ引上げが結構遅い時間になるので、少し早い時間帯で待機します。

裏方で、演奏者の顔も見ないで演奏を聴いていると(この子は、余り練習していないな~)とか(この子は、もう少し頑張ればもっと表現が上手くなるのに)とか(この子は、凄い頑張れたんだな~)など裏方で演奏を聴くと本当にいろんな事が解ります。どの演奏者の方も発表会の為に力一杯努力をされたと思います。

ピアノは、本当に自分の感情や想いを伝えることの出来る素晴らしい楽器です。

弾き手により同じピアノでも、聴こえて来る音色や感情など全てが違うのだと勉強になりました。

親御様に取れば、どのお子様の演奏よりも我が子の演奏が一番だと思います。

みんな夢は大きく、楽しくピアノを弾いて頂ける事を願っています。

 

甦ったピアノ、差し上げます。

そのご家庭には不要になってしまったピアノでも、まだ生きているピアノが有ります。中古ピアノの取引情勢はヤマハ、カワイぐらいしか買取価格がつきません。本当に、あまり私たちも目にする事が少ないピアノは、処分代金を頂いて、廃棄処分致します。何故か心が物凄く痛み、何とかまだ生きているピアノを救いたい。でも正常に使えるピアノに甦らせても採算は、到底会いません。世の中にはピアノがほしくても手に入れる事が困難な人も多く存在しているのではないか、その人に私たちの心がこもったピアノを弾いてもらいたい。このピアノを弾いて喜んでいる姿を想像しながら楽しみにしております。

正直な今の想い

私がこの業界に入ったのは25才の時でした。体力にもかなり自信を持っていましたが、やはりピアノは重たかったです。

初めてピアノを持った時の衝撃は、もう忘れてしまいましたがかなりのものだとおもいます。

小さい頃より母親が人の嫌がる仕事をしなさい、人に感謝される仕事につきなさい、と口癖のように言っていました。

将来どんな仕事に着くにしても必ず1番になりなさいと言っていましたが、自分の中では、無理、むり、ムリと思っていたのに、いつの間にか自分の目標になっていた事さえ気づきませんでした。

仕事でピアノを運搬している時、気が付いたのです。新品のピアノをいつものようにお部屋に運び入れ、養生の為掛けてある布団を取るとお客様の子供が「うぁあ~~」と大きな声と本当に目が輝き満点の笑みを見せてもらい、思わずカミナリが落ちたような衝撃をうけた事は、今でも心に焼き付いています。

その時、初めて自分で悟りました。自分が運んで来た物はピアノですが、このお子さんにとっては、夢を運んで来たんだな~と思い、思わず「良かったネ綺麗なピアノが来たよ、いっぱいいっぱい弾いてお友達になってあげてネ」と言うと「うん!いぱい弾くよ」と力強く帰って来ました。

私は、その時よりピアノを部屋に入れる度に、子供たちの顔の表情が気になって仕方なくなりました。ある子供さんは、いきなり部屋の中を走りだしたり、大声で叫ぶ子供たちをたくさん見る事ができ、仕事に満足感とヤル気が俄然でてきました。

私にも子供二人、孫五人とおりますが、やはり思う事は五体満足で健やかに又やさしい気持ちを持った大人に育ってほしいと、いつも生まれる瞬間は考えてしまいます。女の子の時は、特にピアノなど音楽が出来る環境にしてあげたいと、つい考えてしまいます。

このような仕事をしていると、いろんな親御様とお話をさせて頂く機会も多くあります。

どなた様も本当に我が子を大切に育てられている事が、言葉の端々でわかります。

一人の子供にはご両親がおられ、幾つになっても変わらない愛情を注がれている姿がいつも有難いです。

私の息子は野球が好きで、少年野球チームに入っていました、ヒットを打ち走る姿を見ているだけで、目に涙が溢れた事を思い出します。

ただ一生懸命走っているだけなのに、良くここまで大きくなったな~なんて考えたらもうだめですネ

親心が一杯詰まり、持ち主も一杯思い出が詰まった素晴らしいピアノと言う楽器を運ばせて頂き又メンテナースや色々なご相談が頂ける事に幸せを感じている今日この頃です。